JIDA News

原田泳幸氏講演のご報告 — 2012年JIDA賀詞交換会より

1月13日(金)に六本木AXISギャラリーにて賀詞交歓会が例年通り開催された。

毎年その時代の先端を行く著名な方をお呼びして記念講演をお願いしているが、今回は2004年にMacからマックへ※の転身で時の人となった日本マクドナルドホールディングス(株)会長の原田泳幸氏にご講演頂いた。
(※アップルコンピュータ・ジャパン(株)(以下アップルコンピュータ)Macintosh社長から日本マクドナルドホールディングス(株)(以下マクドナルド)社長へ)

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iF design awards night 2012 〜IF賞授賞式から

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今回思いがけなくiF賞金賞を受賞しましたので、2/10にミュンヘンのBMWミュージアムで開催された授賞式に参列しました。
2012年度は23ヵ国からの応募が有り、100点の金賞が選ばれました。

私はJIDAのセレクションを担当していますので、このiF賞が、どのような運営と演出をしているのかを体験する目的も有って
参加しましたが、印象としてはとてもエレガントで、また進行は、気持ちのいいカジュアルさがありました。アオードのトロフィーも重量感があり、再びこの場に立ちたいと強く感じた次第です。

パーティーでは、初めて出会う人達ばかりですが、少し話しかければ、すぐにフレンドリーな会話が出来るいい雰囲気でした。
驚いた事に公式予定が深夜1時まであり、実際私が会場を後にしたのが午前3時でした。

外は-15°の吹雪でしたが、暖まった心を抱いてベンツSクラスのタクシーに乗って帰路につきました。

掲載サイト http://www.ifdesign.de/index_e

JIDAデザインミュージアム主担当理事  上田幸和

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2012年春・第73回インターナショナルギフトショー デザイン&マーケット委員会・JIDAブースのレポート

さる2月8日(水)から10日(金)、今回は3日間の会期。東京ビッグサイト西館4階、例年通り2コマのJIDAブースが開店しました。参加者は関西ブロック、岡山、大阪の会員を含め11名。

 

7日の搬入日。設営指揮官の差配も良く、照明、展示台組み立てなど協同作業も回を重ねるたびに手馴れてきて、メンバー同士和気あいあいの滑り出しです。

8日、10時会場。主催者、ビジネスガイドの担当者によると、今年は会期が一日短いこともあり、お昼ごろには東館の受付がパンク状態。西館も建物の外まで受付待ちの行列ができるという盛況で彼にとっても初めての経験とのこと。ここ西館から見に来る方も多いと見えて4階も昼ごろには早くも盛況状態となりました。

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日本の若手デザイナーの皆さん、是非応募して下さい!BraunPrize 2012

先日、JIDAの会合で田中理事(株式会社 GKデザイン機構・代表取締役社長)がこんな話をされてました。

「ブラウン賞の応募制度が今回から改正され、従来の卒業二年以内の若手のみならず、プロの応募も可能となったんだけど、これを機に日本の若手デザイナーにもっと奮起してもらえないだろうか・・・」

田中理事は2009ブラウン賞審査委員であり、その時の感想として日本の若手デザイナーの低落ぶりを実感されたそうです。

ブラウン賞は言うまでもなく、世界のインダストリアルデザインコンペティションの草分けであり、若手デザイナーの登竜門であり続けています。第一回の金賞には梅田正徳氏が金賞を受賞し大いに注目されました。しかし、2011年においては応募者を国別で見ると上位は中国、台湾、韓国などで占められ、日本はウクライナやキューバと同格だそうです。

ブラウン賞は自己の国際競争力を試す上でも格好の機会です。2012年のブラウン賞は深澤直人さんが審査員に参加されてます。今回の応募制度改正を機に日本の若手デザイナーの皆さんには、是非、積極的な応募を期待します。

BraunPrize 2012 http://www.braun.com/global/world-of-braun/braun-prize.html

ブラウン賞・日本語サイト http://www.braun.com/jp/world-of-braun/braun-prize.html

 

JIDA広報委員会・後藤

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柳宗理氏追悼

柳宗理氏追悼

JIDA名誉会員 黒川威人

ホワイトクリスマスの25日、柳宗理氏が永遠の旅路につかれた。
柳氏はJIDA創立会員の一人で、JIDAのマーク原案を作った人である。既に新聞報道等で紹介されているが、日本の工業デザイナーの草分け的存在であり、世界的に著名なデザイナーとして活動された方である。私が初めて柳氏に出会ったのは、私が金沢美大に助手として奉職し始めた昭和43年のことだった。もちろんそれ以前の世界デザイン会議などでお顔は知ってはいたが、当時、金沢美大の教授嘱託であった柳氏の講義のお手伝いなどするようになって、親しくおつきあいさせていただくようになった。
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